不登校新聞

462号 2017/7/15

死にたくなったのは学校復帰したからです【当事者手記】

2017年07月13日 17:44 by motegiryoga


 『不登校新聞』458号の「もう死にます、ごめんなさい」という記事を読んだ。そして石井編集長はツイッターで、この記事を紹介しながら「『ごめんなさい』と書かれた遺書を多く読んできました」と書かれていた。私もかつて、死にたいと思ったことがある。でも実際には死ねなかった。自分を苦しめている奴らのせいで死ぬのが、何となく悔しかったからだ。しかし、本当に遺書を書いて、命を絶った中高生もたくさんいることを知った。どうして、将来のあるはずの子どもたちが自殺をしてしまうのか。自殺しないですむ方法はなかったのか。そのことを自分なりに考えたいと思った。

苦しいのは「学校復帰」を目指してから


 私には忘れられない経験がある。それは高校在学中に、クラスメートから自分の名前をからかわれ、それに対する反応を見ておもしろがられた、というものだ。

 私は先生に相談した。しかし、それでも先生の目の届かないところ、すれちがうときやトイレのなかでなど、容赦なくからかいの言葉を浴びせられた。私はこれに耐えるしかなかった。

 そして高校2年生のときにとうとう限界をむかえ、数カ月間、不登校になった。しかしそのときは、まだ「死にたい」とは思わなかった。私が「死にたい」と思うようになったのは、単位取得が危うくなり、再び学校に通い出したときだった。

 相変わらずからかいは続き、私の精神は「つらい」と思うことを通り越して、麻痺して何も感じないようになっていた。逃げたいが、進級するための単位が危うい。

 そのため、家に逃げてひきこもることもできない。どこにも逃げ場がなくなったとき、私は初めて「死にたい」と思うようになった。

 私はこの経験から考えた結果、自分の場合、「居場所のなさ」、つまりは「変えることのできない、逃げることのできない現実」が自殺にいたる大きな原因なのではないかと思った。

 この現実から逃げ出したい、しかし逃げる場所なんてどこにもないし、この状況を変える方法がわからない。そうなると、最後に思いうかぶのがこの状況を「捨てる」、つまり「自殺」という方法をとるしかなくなる、ということなのではないだろうか。

無理をせず休んでみた


 はたして、この自殺に至る思考から抜け出す方法はあるのだろうか。自分の場合はどうだったかを考えた結果、重要なのは、追いつめられたときに、無理をしないで休むことなのではないか、と思った。そして、なおよいのは、休んで、自分のことを理解してくれている人間に、きちんと「つらい」という気持ちを伝えることなのだと思う。

 自分の場合「休んだ結果、単位取得が危うくなったため、休むに休めなくなった」と書いたが、今思えば、それがそもそものまちがいだったのかもしれない。休まねばならないほど今がつらい、その気持ちを伝えて、「これからどうするか」をその人と話し合えばよかったのだと、今になって気がついた。

 まわりに自分のことを理解してくれる人がいない、という人もいるだろう。しかしだからこそ、逃げてほしい。自殺に向かう前に、学校に行く足を止めてみてほしいと思う。自分をつらい目にあわせている奴らのせいで、自分一人が追い詰められる必要なんてどこにもない。「自分の命を捨ててまでそこに居続ける必要が本当にあるのかどうか」。私はそれを考えた結果、やっと「バカバカしい」と思えるようになった。

 不登校を経験して、私が実感したことは、決断したすえに道を外れても、そこにもまだ道はあり、人生はまだまだ続いて行くということだった。今がつらければ、今から逃げ出せばいい。そして、未来に向き合って、未来への道を変えればいい。あのときの自分はなにをすべきだったのか、「死にたい」をくぐり抜けて初めて気がついた。(PN.港成)

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