不登校新聞

520号 2019/12/15

お金を儲けず、子どもを管理せず、その子の感性に寄り添える場を

2019年12月12日 12:27 by kito-shin



 小倉哲(さとる)さんは、東京で不登校の子どもたちと関わる仕事をされたあと、2017年、お子さんの誕生を機に故郷の千葉県市原市に夫婦で移住しました。移住後も、いわゆるプレーパークを開催されるなど、子どもたちと向き合う活動を続けています。

* * *

――今、どのような活動をされているんですか?

 大きく分けると3つの活動をしています。

 1つ目は、母親が園長を務める小規模保育園で、おもに総務や労務などの事務仕事をしています。

 2つ目は、弟が運営している自立支援ホームを手伝っています。さまざまな事情で親元で暮らすことが難しい15歳から20歳までの子どもたちが、一軒家に暮らしている場所です。僕は週に1回程度、宿直をしています。

 3つ目は、2014年に立ち上げた「あそび場・つどい場 もぐらの冒険」という名前の、いわゆるプレーパークを運営しています。

 プレーパークとは、禁止事項の多いふつうの公園ではできないような水遊びや泥遊びなどができる場所です。

 市原市にある畑を開放して、子どもが思いっきり遊べる場として、数カ月に1回のペースで開催しています。

以前の仕事は不登校の居場所

――以前は不登校の子どもの居場所で働いていたと聞きましたが。

 はい。おもに不登校の学生や中卒後どこにも所属していない若者などが好きな時間に来て、好きなようにすごせる居場所で働いていました。

 その居場所には20歳のとき、学生ボランティアとして関わり始めました。それまで自分は小中高と当たり前のように学校に通ってきたので、不登校の子たちの話を聞いて「こんな世界があったんだ」と、とても新鮮で驚いたことを覚えています。

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