不登校新聞

260号(2009.2.15)

かがり火 多田元

2014年04月17日 15:04 by nakajima_


立春が過ぎ学校がいっせいに卒業式を迎える3月が近づくと義務教育とは何だろうと考えさせられる。

 中学校を卒業した思春期の子どもたちが、9年間義務教育を通じて何かができる自分の可能性を発見したのではなく、「どうせできない自分」という意識を刷り込まれ、低い自己評価しか持てないことに気づかされることが多い。
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