不登校新聞

481号 2018/5/1

子どもどうしが教えあう姿を教師の模範とすべき説【仮説なんですが】

2018年04月26日 11:07 by kito-shin



連載「仮説なんですが…」vol.20

 私は7年間、小学校で発達障害を持つ子どものサポートをする仕事に就いていた。学校現場に入って驚いたのが、教師の大声である。
「どうしてそうなるんだ! 何度、言ってもわからないな」と思いっきり教科書を机に叩きつける教師。「ちがうでしょ! よく見てないからそういうことになるのよ」と個人攻撃を続ける教師。「おまえらぁ~、静かにできないのか!」と怒鳴り散らした女性教師には息が止まった。

 教師の側に立って考えれば、かぎられた授業時間数のなかで、ていねいに教えることは難しく、なかなか理解できない子どもたちにイライラするのかもしれない。しかし、一人ひとりの子どもの経験や理解力のちがいから、すぐわかる子がいる反面、ゆっくりと理解していく子もいる。子どもの側に立ち、なるべく理解しやすい端的な言葉を選び、子どもが興味を惹くような授業を展開していけば、怒鳴る必要なんてない。そうしてほしいと、どれだけ思ったことだろうか。しかし、教員免許を持たないサポーターが提案できるはずもなく、校内で罵声が聞こえるたびに耳をふさぎたくなった。もっとも大人の私より「敏感な子」と言われる子たちにとっては本当に耐えがたい毎日だろう。

 そんな大人のヘタな教え方をよそに、子どもたちはじつにみごとに教えあっていることを教師は気づいているだろうか。

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