不登校新聞

484号 2018/6/15

僕も不登校だった だからこそわかったことがある ヴィジュアル系バンド「ν[NEU]」の元リーダー・田村貴博【ヒィロ】さんに聞く

2018年06月15日 14:22 by kito-shin



 2014年に解散したヴィジュアル系バンド『ν[NEU]』の元リーダーで、現在は東京・渋谷でエステサロンを経営する不登校経験者・田村貴博【ヒィロ】さん(35歳)にお話をうかがった。聞き手は『PTAがやっぱりコワい人のための本』などを書いた大塚玲子さん。

記憶がない

 約束をした原宿のファミレスに現れたのは、華やかな雰囲気ながら、とてもまじめで気さくな青年でした。田村さんにもじつは、かつて学校に通えない時期があったと言います。

 「小5の途中から中学卒業までの約4年半、まるっと家にいました。祖父が開業医で、小さいときから『医者になれ、勉強しろ』と言われてきたプレッシャーと、当時は太っていて学校でいじめられたのが原因です。親の理想を押しつけられて応えられず、限界が来てプチっと糸が切れた。典型的なパターンですね」。

 家にこもっていた当時の記憶は、あまりありません。つらかったのでしょう。覚えているのは「ひたすらゲームをしていた」ということのみ。

 「でも途中から、親が変わってきたんです。母が不登校の子を持つ親が集まる「親の会」へ行くようになり、僕に歩み寄ろうとしてくれて、厳しかった父も優しくなってきた。そうしたら自分のやっていることに罪悪感が出てきたんです。それまでは、自分がこうなったのは親のせい、先生のせいだとまわりに当たり散らしていたけれど、どこかで虚しくなってきた。学校に行きたくても行けない自分が情けなくて、すごく悩みました」。

 親の変化を受け、「自分も変わりたい」と思い始めたものの、どうすればいいかわからず苦しむ日々。しかし、ヒントは思わぬところからもたらされました。

 「あるとき夜中にテレビを見ていたら、ヴィジュアル系バンドの番組をやっていたんです。それにすっかり引きこまれてしまって。キラキラした世界を見て『いいなぁ、自分もああなりたい』と強く思ったんです」。

 自分もあんな人になろう。そう決めた田村さんは「自分のことを誰も知らない高校に行く」と決め、単位制の高校に進学しました。

 「通学に片道1時間くらいかかったんですが、最初のころは電車に乗ると吐いてしまって(苦笑)。4年間ずっと家にいて、急に外に出たので。だからしばらくは早起きして、逆方向に乗って始発駅から引き返したりして、ちょっとずつ慣らしていきました」。

 高校に入ったころは、中学に行っていないことやいじめられた過去を「恥ずかしい」と感じていたため、周囲にはその経歴を偽っていたこともあったそうです。

 「痩せよう」と決めていたため、アルバイトや親の手伝いをして小遣いを稼ぎ、ジムにも通うように。成長期が重なったこともあり、ダイエットにも成功。友だちもでき始め、田村さんはちょっとずつ、変わっていきました。

 念願のヴィジュアル系バンド結成に向けて一歩踏み出したのは、高校2年のときです。憧れのミュージシャン(ジャンヌダルクのベーシスト・ka―yuさん)に近づこうと、同じメーカーのベースを購入。当時の田村さんの日記には「1カ月で飽きるだろうな」と書かれていましたが、本人の予想に反し、すっかりのめりこんでいったのでした。

 その高校には軽音楽部がなかったため、インターネットでメンバー募集を探し、アマチュアバンドの活動を始めました。

本格的な音楽活動へ

 高校3年になり、田村さんは再び進路に悩みます。「今思うと、楽なほうを選んだ」と言いますが、卒業後はフリーターをしながらバンドを続けることに。しかし、このままずっとフリーターでいいのか? だんだんと焦りが出てきて、ビジネス寄りのインディーズバンドに軸足を移していきました。21歳で事務所に所属し、セミプロとして活動をスタート。徐々に知名度が上がり、「人前に立つのが快感」な時代に突入したのでした。

 しかし25歳のとき、またもや転機が訪れます。

 「いつのまにか僕のなかにおごりが生まれていたんでしょうね。メンバーのなかで問題が起き、活動を休止せざるを得なくなったんです」。

 突然訪れた空白の時間。それから半年、田村さんはこれまでのこと、この先のことを考え続けました。

 「年齢も年齢だったので、これから本当にバンドで食べていくのであれば、自分がリーダーをやるくらいの気持ちが必要だと社長に指摘されて、僕の意識がカチッと変わりました。再開後はメンバーが一丸となり、結果を出していった。自分が中心となって曲をつくり、1年半でメジャーデビューし、オリコンチャートでトップ5に入り、全国ツアーをまわり。目標としていたことは解散までに可能なかぎりやりとげました」。

 メジャーデビュー後は、不登校やいじめの過去もさらけ出すようになりました。東日本大震災が起き、「誰かのために活動したい」と思うようになったのがきっかけです。

 「自分の経験を話すことで人のためになれるなら、と思いました。自己開示したらこれまでとはちがう反響があって、自分を開くことの重要性も感じましたね」。

 それから5年半。順調ながらも、かかわる人も増えて多忙を極め、プレッシャーも大きくなっていった日々でした。

音楽が売れても

 バンドを解散しようと決めたのは、31歳のとき。最新のシングルCDがオリコンで5位に入ったのに、喜べなくなっている自分に気づいてしまったのです。

 「いつのまにか『音楽をつくること』が、『音楽を売ること』に変わってしまった。“好き”を仕事にしたはずなのに、純粋に音楽をつくることができなくなり、これをきっかけに何かが崩れ始めました。ふり返ると、自分が弱かったと思います」。

 純度がなくなる前に一番いいところで終わりにしたい。そう考え、翌年末まで活動を続け、渋谷公会堂でのコンサートを最後にバンド活動の幕を閉じたのでした。

 現在、田村さんは美容の世界で活躍しています。自分の店を開いて、はや2年。予約はいつもひと月先まで埋まり、今ではオリジナルブランドの化粧品の開発も進めています。先日はついに事業を法人化しました。

 バンドを解散してから店を開くまでにも、いろんなことがありました。表情筋のセミナー講師として全国をひとりでまわったり、経営やボディケア、フェイシャルのスクールに通ったり、芸能事務所で社員として働きながらビジネスマナーを身に着けたり。再び音楽と向き合うためライブも行なってきました。

 ここまで、どうしてそんなにがんばってこられたのか? 田村さんに尋ねると、「不登校の経験は大きい」と言います。

 「どこにも出られなかったあの4年があるからこそ、ですね。どん底までつらい時期があったから、いまこうして外に出られること、人と話せることが、とてもうれしい。動けなかった時期があったからこそ、動けることがありがたい。やれなかったつらさがあったから、やれるときに最大限やるんです。だから、いまこうして動ける僕にはやらないという選択肢がない」。

好機はかならず

 今つらい状況にある人に田村さんが伝えたいのは、「充電期間だから、恥じることはない」というメッセージです。

 「辞めるのも逃げるのも、学校に行かないことも“充電”だから、恥ずかしいことではないんです。人と比べないことも大事。あんがい他人って、こちらには関心がないんですよ。関心があると思うから恥ずかしくなるんですけれど、じつは意外と見ていない(笑)。頭ではわかっていても、焦ったり悩んだりするときはあると思います。でもそのときは、ごまかさなくていい。僕も焦るときはとことん焦ったし、何度も死にたくなったことはあるけれど、時間がたてば絶対に乗り越えられるから。タイミングはかならず来る、って信じていてほしいです」。

 一方で、親の立場の人に対しては、「子どもを認めてあげてほしい」と言います。

 「やっぱり子どもは子どもなんです。子どもは人生経験が大人より少ない。だからしかたがない、と思って見てほしい。うちの親が変わったのも、それだと思います。僕が小さかったころは、言えば聞くだろうと思って、厳しく言っていたんだと思いますが、僕が『自分たちが思うより、もっと子どもだ』ということに気づいて、すっと引いた。親どうしのコミュニティに足を運んで勉強するうちに、親が本当の意味で『親』になることができたんだと思います。ほかの人のいろいろな経験談を聞けば、自分の子どもに合った導き方が見つかると思うので、探して、試していってほしい。どこかで子どもが変わる瞬間があると思うので、そのときいっしょにがんばろうって思ってもらえたら」。

 不登校時代のあの日、テレビでヴィジュアル系バンドを見て以来、「自分も誰かの希望になりたい」と望んできた田村さん。「僕の話でお役に立てたら」と、笑顔で去っていきました。(ライター・大塚玲子)

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