不登校新聞

548号 2021/2/15

不登校になるまで追い詰められた3つの理由

2021年02月12日 17:05 by kito-shin


執筆者・鬼頭信さん(33歳)

 僕の不登校は、中学2年生の始業式から始まりました。当時は自分でもわからなかった不登校の理由が、歳を重ねて言葉にできるようになったので、今回は僕の不登校の理由について書いてみたいと思います。

 僕は、突然学校へ行けなくなったわけではなく、おもに3つのことが積み重なって不登校になりました。それは、「先生」「勉強」「友だち」です。

まずは、先生です。僕の小学4年生の担任は、とても威圧的で狙った生徒をいじめるような人でした。

 先生はテストで答えがあっていたとしても「とめ・はね・はらいが、ちがっている」という小さな理由をいくつもつけて、特定の生徒の点数だけ減らすことがありました。また、テストでまちがえた生徒の頭を教科書の角で殴ったりもしていました。テスト以外でも忘れ物やちょっとした不注意をすると、先生は生徒に暴力をふるっていました。

 僕自身はなぜか優遇され、ターゲットになることはありませんでした。しかし、友だちは先生から殴られていました。たとえ自分は大丈夫でも、仲のよい友だちが理不尽にいじめられている状況は、当時の僕にとって恐怖でしかありませんでした。

 最終的に、僕はだんだんと先生が信用できなくなり、先生がいる校舎に対して嫌悪感をおぼえるようになっていきました。

 2つ目は、勉強です。先生がきちんと教えてくれないなどの影響もあり、小学校中学年のころから、僕は学校での勉強がまったく、わからなくなりました。

 当時、なにより苦しくてしかたなかったのは、授業中、先生に当てられたとき「わかりません」と答えることでした。どの授業にもついていけなかったので、授業が始まるたびに「わかりません」と言う覚悟を決めるのですが、いざ答えるときになると「ほかの子は、答えがわかるのに」と悔しくてたまりませんでした。

 一度、「わからないなら授業が終わるまで立っていなさい」と先生に言われたときには、「なんで僕だけ立たされないといけないのだろう」、「ほかの子だったら立たされなくて、すむのに」とまわりと自分を比べ、悔しくて号泣してしまいました。勉強ができないことで、僕は自分に対しての自信をなくしていきました。

ついに仲間外れ

 最後、3つ目の理由は、友だちです。僕は、勉強はできなくても、運動神経はよいほうでした。そのおかげで、小学生のころは勉強ができて明るくおもしろい子がいる、いわゆるスクールカースト上位のグループに入っていました。

 しかし、そのグループは、少しでもまわりとちがうことをすると、いじめられるグループでした。消しゴムや鉛筆を隠したりして、みんなで1人の子を責めたてるのです。いじめのターゲットは毎日変わっていました。僕には勉強ができないという弱みがあったので、グループの友だちといっしょにいるときは、つねに緊張状態でした。「このグループ以外に、居場所はない」と思い、仲間外れにされないよう必死だったのです。

しかし、ついに中学2年生の始業式の日に、遊びに誘われないなど仲間外れにされました。僕は次の日から玄関の外に出られなくなり、不登校になりました。

 当時の僕は、不登校の理由を探さないようにしていました。「もし、不登校の理由が見つかって解決したところで、今の僕には学校へ行く体力も気力もない。だから、理由を探す意味はない」と思っていたからです。もし、親から理由を問い詰められていたら、もっと苦しくなっていたと思います。

 しかし、あくまで僕の場合はですが、不登校から20年経った今、あらためて不登校の理由を考えてみることで、すこし自分の過去に整理がついて、心が軽くなりました。たぶん、自分自身をふりかえって整理するために、20年という時が、必要だったのだと思います。(鬼頭信)

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