不登校新聞

376号 (2013.12.15)

当事者手記 本当は治りたくない

2014年04月22日 11:15 by kito-shin


進学校へ入学、高2で不登校

 小学3年生のころ、私は両親の意向で中高一貫の女子校を受験することになった。それに伴い、塾に通い始めたが、学校との両立は体力的に厳しく、また勉強も苦手だったので、塾での成績は芳しくなかった。受験が近づいても一向に成績の上がらない私を見かねた母は、つきっきりで教え始め、毎日遅くまで2人で勉強をした。そのかいあってか、私は第一志望に合格した。しかしいざ入学してみると、進学校の授業のスピードは非常に早く、ぼんやりしていた私は瞬く間に落ちこぼれた。それからは劣等生として先生に嫌味を言われ、同級生にはバカにされる日々が始まった。学校に居場所がなく、つらく感じることも多かったが、母に相談はできなかった。母を悲しませることが何よりも怖かったのである。

 その後も無理をして通い続けたが、高校2年になるころには疲れはてていた。徐々に体調不良で休む日が増え、成績がさらに落ちた。もう追いつけないと思った私は恐怖に駆られ、やがて仮病を使い始め、完全な不登校になった。

母を悲しませたくない


 元々、自分で希望した進路ではなかったので、学校を辞めることに未練はなかった。ただ頭を占めていたのは「辞めたらお母さんが悲しむ……」ということだった。自分の将来への不安よりも、目の前の母の態度のほうが、私にとっては切実な問題だったのである。そして実際に母の落ち込みようは凄まじく、私は非常に申し訳ない気持ちで日々をすごすことになった。

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