連載「子ども若者に関する精神医学の基礎」


 児童精神科医・石川憲彦さんによる講演会「子ども・若者にかかわる精神医学の基礎」から、ADHDに関する講演抄録を掲載します。

「脳の時代」の幕開け


 前回「ADHD」が、道徳的問題として登場し、やがて脳の問題(MBD;微細脳障害)になっていく経過を紹介しました。最初は、脳炎の研究から、脳全体の非常に「微細な損傷」が原因になるのだと考えられました。しかしやがて、脳全体ではなく「脳の微細な一部分の傷」によって、脳機能全体のバランスが乱れるのではないか、という考え方が起こってきます。

 当時、医学は「脳の時代」の幕開けを迎えようとしていました。「MBD」と診断された子どもの脳を、組織・解剖学的に徹底的に調査して、病気の原因となる箇所を特定しようという研究が進みました。しかし、結論から言えば、脳全体の微細な傷も、微細な一部の傷も、まったく何も確認できなかったのです。

脳の微細な機能的不具合


 そこで登場してきたのは、脳の傷ではなく「脳の微細な機能的不具合」が脳機能全体に影響を与えるという仮説です。不具合な微細機能とはなにか。いろいろ議論されたあげく、今日、流行しているさまざまな神経心理学的な理論が形成されていくことになります。

 このように、さまざまな考え方が入り乱れるなか、医学と心理学が相乗りしたり、精神科と神経内科・外科が解離したりといった、学問のありかたの変化も始まります。そのため、「MBD」の原因についても、百花繚乱ならぬ百家争鳴。

 つい最近まで「育児(家族)の問題」という説が横行していたのは、ご存知でしょう。じつはほかにも「遺伝的要因説」「周産期障害説」「食事性説」などなど、たくさんの奇妙な説が出ました。現在、主流となっているのは次の二つ。「脳機能障害説(形成異常など)」と「伝達物質の代謝障害」です。もちろん、以前お話した通り、原因はいまだ特定されていません。それもそのはず、診断基準そのものがあいまいなのですから、原因を一つに特定できるわけがないのです。

 さて、話を脳の機能に戻しましょう。脳も身体の一部ですから、その一部分だけが独立して活動している状態はあまりなく、全体が一定の関係と調和をもって機能しています。

 たとえば「注意力」一つをとっても、認知だけでなく多様な機能が関係します。まず、「意識」のレベル。意識が明瞭、つまり普通レベルなら「注意力」は問題なし。しかし、レベルが低(眠い・ぼんやり)くても、高(過集中・考えすぎ)くても「注意力」はなくなります。次に「記憶」も重要です。「〇〇くん、集中しようね」なんて言われても、それをきちんと記憶として定着させられる状態になければ「注意力」の持続はせいぜい数分に終わるでしょう。そのほか、緊張、興味、情動、理解、判断など、諸機能が複雑に絡み合って、ネットワークを形成することで、「注意力」は機能しています。

MBDと薬剤治療



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