連載「子ども若者に関する精神医学の基礎」

前回、アスピーが示す「この70年の変化」についてお話しました。
 
 この変化は、治療法にも波及しました。前半の30年、治療の目的は「病気を治し、能力を向上させる」こととされ、行動療法、アタッチメントやスキンシップ、さまざまな治療教育などが、流行しました。
 
 この20年、「障害は病気ではなく、個性のようなもの」として、「治す」ことではなく「社会適応できる個人スキルを高める」ことが治療の中心になっていきます。現在の主流は、認知行動療法、家族指導(ペアレンティングなど)、環境(育児・教育・労働など)の調整や支援、などです。
 
 とは言え、治療の中心は、相変わらず薬剤療法。しかも、治療薬の種類が飛躍的に増えたのに、「何のために使用するのか」という基本的な考え方は、ほとんど変わっていません。
 
 私は、ここに、現在のアスピー現象の限界があると思います。この点を説明するために、C君に話を戻します。中学校のとき、大好きだったおばあちゃんの通夜で大暴れし、鎮静剤で眠らされる羽目になった大事件。その後10年以上にわたり、命日の日になると必ず一週間部屋に閉じこもる儀式を続けていること。ここまでは、前号で書きました。話の続きは、通夜の席での近所の人たちのひそひそ話から始めます。
 
 「ほんとに、いいおばあちゃんだった。惜しい人を亡くした」「でも、あの子には、あんなにかわいがってくれた人の死を痛む気持ちなんて、まったくないみたいだ」「そうだよ、昔から、人の心が通じない子だったからね」。
 
 この会話、みなさんは、どう考えますか?


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