不登校新聞

192号(2006.4.15)

フリースクールスタッフの仕事【熊本県】

2019年01月08日 16:05 by shiko



 私がフリースクールという言葉を知ったのは、二十数年前の学生のころ、大沼安史氏訳書「教育に強制はいらない」という本に出会ったときでした。

 衝撃の一冊でした。日本にもこんな学校がつくれるだろうか? という想いは、ずっと心の片隅に留まっていました。

 十数年後、わが子が学齢期を迎えたとき、既存の学校では納得できない自分がいました。

 運よく本で見たような自由な学校を知り、息子はそこに小学1年で入学しましたが、合わなかったのでしょう、わずか3年で“俺学校やめる”宣言。

 自動的に居住地の学校に転校することになり、息子は「ふつうの学校がどんなところか見てみたいから行ってみる」と言い、通学し始めました。

 同じ時期、私は今のフリースクール地球子屋(てらこや)に出会いました。私がスタッフとして関わり始めた地球子屋があまりに面白そうだったのと、転校した学校の担任の熱心なマンツーマン指導に疲れも出始め、息子は再度学校をやめて地球子屋のスクール会員(地球ッ子(てらっこ))になったのでした。

 

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