不登校新聞

516号 2019/10/15

「見守るのがつらい」親がそう思ったら読んでほしいこと

2019年10月14日 12:27 by shiko

 今回は「見守る」というテーマで書いてみたいと思います。夏休みが明けてからの相談を受けるなかで、保護者が「子どもを見守る」ことに悩んでいるように感じたからです。

 ある保護者から以下のような気持ちを聞いたことは強く印象に残っています。

 「毎日行けない姿を見ていると、原因もわからないし、何をしてあげたらいいのかわからない。子どもも苦しいかもしれないけど、私も悲しい。行けないとわかっていても、見守るだけではつらいです。もう相談するのも疲れました」。

 子どもが不登校になってから学校の保護者会やフリースクールなどに相談すると、「見守っていきましょう」と言われることが多いです。

 また、子どもを見守ることで「子どものようすが改善した」という体験談を聞いた方も少なくないようです。そうすると、わが家でも見守ることでよくなるかもしれないと期待してしまいます。

 しかし、そんな思いとは裏腹に、子どもは、ゲームばかりで昼夜逆転してしまうなど、全然よくならないばかりか、むしろ悪くなっていると思うような状態になることがあります。

ガマンして注意深く?

 よけいなことはせず、よけいなことも言わず、手を差し伸べたい思いをずっとガマンしながら、せめてなんとかわが子の気持ちを知ろうと注意深く、子どもを見続ける方がいます。それが「見守ることだから」と。

 「見守る」ために大切だと私が思うポイントは「子どもについて知らないことをどれだけ増やしていけるか」ということです。

 こう書くとおかしなことに聞こえるかもしれませんが、子どもにとって見守られていることへの緊張感をどれだけ取りのぞけるか、ということです。

 言うまでもなく、見守ることは監視することではないからです。

 なぜそう考えるかと言うと、子どもが不登校になってつらいと感じることのひとつが、「見られること」だからです。
 それは他人の眼であったり、自分自身の眼であったりします。不登校にかぎらず、誰もが悩み、苦しむ自分の姿は見られたくはありません。

 それなのに家のなかでは、自分の姿がつねに見られるため、つらい思いをします。親としても見なくてよかったはずの子どもの姿を見てしまうことも、またつらいものです。

 不登校の話でよくある「夜に家族が寝静まってから、子どもが活動を始める」というのも、誰かの視線を気にすることがなく、自分の姿を見せなくてすむから、という側面があるように思います。

 そんな環境になってようやく、内面を見つめることができたり、自由に思いを馳せることができたりします。

 そこから、いろんな活動をしたり、進路を選んだり、あるいは何もしないで休息したりすることが選択できるのかな、と思っています。

わからないけど

 「子どもが元気になった」という保護者の話を聞くと、子どものようすは「わからない」と答える方がわりと多いと感じます。

 「よくわからないけど、笑い声が聞こえてくるし、なんだか楽しそうよ」。

 そんなふうに保護者が気を配る負担を減らしていけると、親のほうに心の余裕が生まれ、子どもを見る眼差しは優しいものになると思います。

 また、子どもとも柔軟なかかわりができるのではないかと思うのです。(庄司証)


(しょうじ・あかし)80年生まれ。「函館圏フリースクール すまいる」代表。不登校・高認・進学支援にとり組んでいる。元大学非常勤講師。

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