不登校新聞

378号 (2014.1.15)

とにかく好きなことを 苅谷和幸 22歳

2014年01月10日 17:08 by kito-shin
2014年01月10日 17:08 by kito-shin


◎シンポ抄録「フリースクールで育って」

不登校・ひきこもりの子らが通っている学校外の居場所「フリースクール」。その場で育ってきた人、あるいは現在通っている人4人がシンポジウムに登壇。フリースクールフェイスティバル2013のシンポジウム「フリースクールで育って」講演抄録。

 私が不登校になったのは、中学1年生の夏休み明け、9月のことでした。きっかけは、夏休みの宿題を大量にやり残していたこと。がんばってはみたものの結局終わらず、何となく学校に行きづらくなって1週間ほど休みました。進学校だったので、勉強がどんどん進んでいたことに気づいた瞬間、「ダメだ、もう追いつけない」と思い、いっさい通えなくなりました。
 
 それからは毎日がバトルでした。祖父母と同居していたので、「とにかく学校に行ってくれ」「和幸の将来が不安だから」と4人から責め立てられるわけですが、それでも足がいっこうに動かないんです。一方で、私自身「学校に戻らなきゃ」と思っていました。だからこそ毎日が苦しくて、2年ぐらいひきこもりました。
 
 しだいに親も疲れてきたのか、「学校に行け」とは言わなくなりました。すると不思議なもので、私自身にも余裕が出てきたんです。「最近太ってきたから、プールにでも行ってこようかな」というように、少しずつ外に出られるようになりました。そのとき、母が持ってきたのが「東京シューレ」のパンフレット。「1回ぐらいならいいか」という軽い気持ちで見学に行きました。見学中も何かしたわけじゃないんですが、居心地がよくて、ここに通いたいと思うようになりました。
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