今夏、福島にて行なわれた全国合宿の親シンポジウム「子どもの気持ちを受け止めて」の講演抄録を掲載する。わが子の不登校のいきさつに始まり、親にできることや親どうしてつながる意味、また親の会の意義など、さまざまな話があった。司会は千葉県の親の会「登校拒否を考える会・佐倉」の世話人である下村小夜子さん。 

親も自分を生きて

 私は息子が2人いて、次男が小学2年生、長男が中学1年生で不登校をしました。次男は最初、おなかが痛いと言って学校を休みました。その翌日は行ったのですが、今度は足が痛い。「あれ、ちょっとおかしいな」と思いましたが、私は、以前「不登校を生きる」という、この全国合宿の第2回目の記録集を読んでいました。 そのなかで「不登校はどの子にも起こりうる」「病気でなくても、発熱や腹痛がおこる」と書いてあったので、私は次男の不登校を比較的すんなりと受けいれました。
 
 長男の不登校は中学1年生の夏休み後からです。夏休みの宿題をまったくやってなかったこともあったせいか、自分から「ぼくは学校には行かない」と言いました。
 
 長男が不登校になったときは大河内清輝くんの自殺があったころ。愛知県内にも「心の相談室」ができ始めていましたので、行ってみました。
 
 カウンセラーさんは「産まれたときの体重は何グラムでしたか」「母乳ですか、ミルクですか」などと育児について事細かく聞いてきました。

 私は長男、次男のあいだに、もう一人子どもを授かったのですが、残念ながら死産してたんです。すると、カウンセラーさんは「それが息子さんの心に重くのしかかっているかもれませんね。僕がいい子にしてなかったから、赤ちゃんが死んでしまったんだとか~」と言いました。
 
 当時の私は単純に「あ、そうだったのか」と思って。家に帰って長男に聞くと「その人はぼくに一回も会ったことないんだよ。そんなことわかるわけないじゃんか」とキッパリ言われてしまいました(笑)。
 
 二人の息子の不登校をきっかけに親の会を始めて15年。その中で思うことがあります。それは「子どものことを一番知っているのは親だ」ということです。
 
 親は過去の育て方で自分を責めることなく、自分を見つめ直し、自分の人生を生きる。親が自分の人生を生きることは、少なからず子どもにもいいかたちで影響します。それが、不登校を通じて私が得た「気づき」ですね。

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