不登校・ひきこもり経験者のその後に迫る企画「生き方サンプル」。今回のゲストはひきこもり名人・勝山実さん。「生きづらさ全員集合」の月乃光司さん、本紙「子ども若者編集部」の田子つぐみさんが話をうかがった。

(月乃光司、以下月乃)『不登校新聞』では「生き方サンプル」と題して、不登校やひきこもりを経験した方々へのインタビューを記事と動画で配信しています。今回は『安心ひきこもりライフ』の著者である勝山実さんにお越しいただきました。まず自己紹介からお願いします。

(勝山実、以下勝山)自称・ひきこもり名人、勝山実です……、あれ? たいてい、ここでいつも失笑がおこるんですが、さもありなんという雰囲気ですね。久しぶりにホームグラウンドで話す気分です。
 
 ふだんはブログを書き、それが本で出版されたり。最近では和歌山県新宮市に「ひきこもりハウス」と称した小屋を手づくりで建てています。

(月乃)ひきこもり歴は何年ぐらいですか。

(勝山)高校3年生のときに不登校になって以来ですから、だいたい23年ぐらいです。中学生のころから「学校の勉強って役に立たないんじゃないか」と疑問を感じながらも、スポーツも芸術もダメな、勉強しか取り柄のない「ガリ勉」でした。
 高校は地元の進学校に入りました。高校では暗記する量も増えるし、授業のスピードもはやい。そういう「猛勉強が当たり前」の環境で競い合っているわけです。だから一度ついていけなくなると、もう追いつけない。結局、反抗するヤンキーというわけでもないのに、ぶっちぎりの落ちこぼれ生徒になりました。唯一の取り柄である勉強ができなくなってしまい、ただニヤニヤしているだけ。まあ、それは今も同じですけど(笑)。
 
 高2のときに「大検というものがある」と知りました。今でいう「高認」ですね。その試験に受かれば、高校を卒業せずとも大学に行ける。毎日、早起きして学校に行って、わからない授業をただ黙って座って聞く必要がないと知った瞬間、高校に行くのがばかばかしくなりました。
 
 でも、親は高校を辞めることに猛反対で、結局、高3の2月に中退するわけです。でも、それまでは中退もできず、大検も受けられないという状況が続きました。そのときに、親との関係はだいぶこじれましたね。
 
 その後、大検は取ったものの、大学受験は不合格の連続で、3浪してどこの大学にも受かりませんでした。完全にひきこもるようになったのは、そこからです。なにしろ見栄っ張りでしたから、「浪人したからには、いい大学に行きたい」ということばかり考えていて、自分の実力よりもだいぶ上の大学を受験していました。浪人と言っても、ほとんど勉強していません。学力は「ガリ勉」だった中学3年生で止まっているので、大学に受かるほどの学力はありませんでした。ただ浪人しているだけという、暗黒時代ですね。

(勝山)基本、実家暮らしが私のモットーです。ただ、ほとんど口はききません。話しかけられても返事を返さない、いわば冷戦状態です。

(田子)それが前から不思議だったんです。私は母親といっしょにいることが苦痛で、半日が限界。なぜ嫌いな親と同居できるんですか?


勝山実著 太田出版(03-3359-6262)1400円(税別)


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