不登校新聞

475号 2018/2/1

学校を、年齢も立場も「ごちゃまぜ」にしていこう説

2018年01月29日 14:35 by kito-shin



連載「仮説なんですが…」vol.15

学校は、“子どもたち”だけが学ぶ場所であり続けるだろうか?

 最近、私がよく考えていることです。

 それってなんだか、少し不自然な気がするのです。どうして子どもたちは、同世代の人間たちとだけ、ひとところに集められ、決められたことを決められたとおりに、みんなでいっせいに勉強させられなければならないんだろう、と。

 社会はきわめて多様な人たちからなるものです。だから私たちは、自分とはいくらか異なった多様な人たちを、おたがいにできるだけ認め合い、折り合いをつけながら生きていかなければなりません。

 それに、今の時代、勉強しなければならないのは子どもだけではありません。大人も必要に迫られたり、あるいは、ただ純粋に楽しいからといったりした理由で、さまざまなことを学び続けています。

この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

子どもが乱発する無愛想な返事、もしかして理由があるのでは

509号 2019/7/1

ひきこもりは自己治療説【仮説なんですが】

507号 2019/6/1

「不登校を抜けるきっかけ」親の提案が子どもにウケない理由

505号 2019/5/1

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

524号 2020/2/15

「なんもできませんが僕を貸し出します」というツイートが、瞬く間にネット上で...

523号 2020/2/1

本紙「子ども若者編集部」は2019年12月15日、イベント「不登校経験者が...

522号 2020/1/15

ふつうの学生生活を送りたいと言われて親は何をすればいいのでしょうか。函館圏...