不登校新聞

213号 2007/3/1

当事者手記 心から「ふつう」に憧れて

2015年10月20日 17:57 by kito-shin


 私は小学校5、6年生のころからたまに、仮病を使ってずる休みや早退をするようになりました。そして中学校に入学し、まだ1週間か2週間しか経たないころ、また仮病を使って休みだし、気がついたらまったく行かなくなっていました。それまではむしろ社交的で活発な元気な子どもでしたが、だんだんと人と関わらないようになりました。
 
 なぜ、仮病を使ってまでずる休みをくり返していたのか。いま思い返しても、特別な理由があったわけではありません。中学校には本当に短い期間で行かなくなってしまったので、学校側にとくに問題があったということでもないと、私は考えています。むしろ学校側は当時にしては非常に協力的な学校だったように思いますが、学校に行かなくなったのは、自分自身の問題だったのかなと考えています。
 
 いじめがあったわけでもなく、きらいな教師がいたわけでもない。ただ、なんとなく足が遠のいてしまったという、うまく言葉にできない感情だったんだと思います。
 
 そんな私に対し、両親は好きにさせてくれました。それというのも、私立の進学校に通っていた2つ年上の兄が、成績の不振からすでに不登校になっていて、そのさい無理強いをして、苦しい思いをさせてしまったという反省があったからです。そのため私は、中学にまったく通わなかった3年間、学校という一連のシステムから外れるということの意味をほとんど理解せず、強い危機感を持たずにいました。
 

高校への進学 

 
 現実に直面しなければならなくなったのは、高校受験のときです。
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