朝から小雨が降りしきるなか、東京地裁には二六〇人もの人たちが金属バット事件の判決を自らの目で、耳で確認するため集まっていた。

 そのなかにはカウンセラーとしておもに学校に行かない親や子どもたちと関わってきた内田良子さんや、自らの子どもが不登校であるという事をきっかけにこの事件に関心をもち、ほとんど全ての公判を聞きに来ている母親達もいる。

 子どもの立場が欠落したままに進んだと言われ懲役三年という判決が出たことについてどう思っているのか聞いてみた。

 「裁判の中では家庭内暴力が起こった後のことが大きく取り上げられたが、むしろなぜあそこまで子どもを追いつめられたのかを解明することが大切。彼の場合は保育園時代より行きたくない状態があって、理解されない不安を『こわい』と訴えている。小学校入学後も『学校へ行きたくない』という訴えをしたが聞き入れられず小学校は皆勤している。

 小学校高学年ではいじめにあい転居したい、同じ小学校の子がいく中学には行きたくないと訴えている。言葉による主張を聞き入れてもらえない子どもが親に伝える残された手段は、直接行動としての暴力に訴えるしかなかった」と内田良子さん。

 「今回の裁判では日本の学校化社会の問題点がそろっていた。その上で裁判官は父親と同じ立場にたち、子どもの気持ちに気がつけないままに判決を出し、子どもの権利がどの程度のものか位置づけがはっきりした」と長田さん。

 母親として尾花さんは「香川さんは親として子どもをコントロールしようとしていたように思う。道彦君としては、窮鼠猫をかむという様に追い詰められた中で暴力が出てきたのでは」と。その意見についてお母さんたちの大部分は賛成され、気づかぬうちではあったけれど、自分自身子どもたちに親が正しいというスタンスでいろいろな事を押しつけていたという事があったと語られる。

 同時に内田良子さんは「家庭内での暴力が始まったのが11月、母親がケガをするような暴力があったのが、中二の六月。登校拒否をはじめたのが中二の九月。父親に殺されたのが中三の二学期といえば、子どもたちにとって中卒後の進路をめぐって登校圧力のかかる時期。子どもの言動は学校歴に照らしてみると因果関係がはっきり見えてきます」(鈴木暁)