不登校新聞

220号 2007.6.15

第220回 とがった鉛筆

2015年03月19日 15:34 by nakajima_

連載「不登校の歴史」


 94年11月末、大河内清輝くんのいじめ自殺があり、報道機関は毎日いじめについて報道した。これだけ、長期にわたってマスコミに報道され、社会的関心を集めたのは、86年にあった東京都中野富士見中の鹿川くんのいじめ自殺のとき以来だった。

 いじめ自殺は、ほかにもずっとあったが、大河内夫妻の「社会に公にしてでも、二度とこういうことが起きないようにしたい」というきっぱりとした態度が、社会的関心の盛り上がりにつながったと言える。私たちが知ったケースも、つらい遺族からいえば、そっとしておいてほしいという気持ちがあり、病死とか事故死として届け、学校も黙っていた。

 文部省は、どうしていただろうか。
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